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三秒待てば 16

 早乙女から遅れること十分、次に扉を叩いたのは渋谷だった。
 渋谷は千景と目が合うなり顔の前で軽く手を合わせ、
「遅れてゴメン。先にお風呂頂いて来ちゃった」
 と、苦笑気味に片目を閉じた。
「流星君もそろそろ着く頃だと思うよ。さっき電話したら、そんな感じのこと言ってたから」
 部屋に上がった渋谷は、物珍しげに室内を見渡しながら、早乙女の隣に座った。
 それから横で頬杖をついている早乙女に目を向けて、
「たばこも買ったって言ってたよ。寒矢さんの。ワンカートン」
「マジで?」
「マジで」
 きわめてあっさり頷くと、続けて思い出すように言う。
「そろそろ切れるころでしたよねって言ってたけど……そうなの?」
 それを聞いた早乙女は、一瞬目を丸くした。
「……よく憶えてんなぁ」
 早乙女は呟き、おもむろにポケットを探った。そして取り出した煙草を軽く振ると、
「あと一本」
 半ば感心するように言って、渋谷と顔を見合わせた。
 一拍後、渋谷は「わお」と声を上げ、おどけるように肩をすくめた。
(――仲のいいことで)
 そんな二人の向かい側に、千景は静かに腰を下ろす。
(まぁ、一番短い渋谷さんですら、一年以上ここに住んでるわけだし……変に仲悪いよりはマシか)
 思うものの、特にそれ以上の興味もなく、千景はおもむろに手を伸ばすと、テーブルの端に投げたままだった自分の携帯を取り上げた。
「あ!」
 その手元を、突然渋谷に指さされる。
「もうできあがったんだね」
 続けざまに言われ、相手の顔を見た。
 視線が絡むと、渋谷は待っていたように微笑んで、再度千景の手元を指して言う。
「それ、流星君からのプレゼント。でしょ?」
「……は?」
 思わず間の抜けた声が出た。
 指さされるまま、手元に視線を戻すが、そこにあるのは見慣れた自分の携帯だけだ。ここに引っ越してくる前から使っていて、一括購入した時には既に型落ちとなっていた、お世辞にも新しいとは言えない機種。それのどこが流星からのプレゼントだというのだろう。
「あ、大丈夫、僕知ってるから」
「いや、だから何の話……」
「あー、ホントだ。流星のだな」
 言われている意味が解らず、千景は再び渋谷に目を向ける。そこに横から早乙女が口を挟む。そのもっともらしい言いように、千景はますます困惑した。
「え、もしかして……触れちゃまずいとこだった?」
 千景は携帯に目を戻し、しばし考え込むようにそれを見つめた。すると今更はっとしたように、渋谷が気まずそうに口ごもった。
「いや、ただ本気で何のことを言っているのか解らないだけで」
「…何って……」
 顔を上げ、淡々と答える千景に、渋谷はきわめて意外そうに瞬いた。そして一瞬、早乙女の方を見てから、ゆっくり身を乗り出して、
「何って、これの話だよ。流星くんにしては、少し懐かしい感じのするデザインだけど……僕はこっちも好きだな」
 そう言いながら触れたのは、やはり千景の携帯――ではなく、
「え……これ?」
 ただしくはそこにぶら下がっていた、先端に小さなガラス飾りのついた携帯ストラップだった。



continue...
2012.09.28