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三秒待てば 13

 部屋の片隅に流星のパソコンがあり、日中はそこに流星本人の姿まである。渋々ながらも昼食を共にして、食後や息抜きにはコーヒーまで淹れてやる。
 そんな日々が、三日も続いていた。梅雨時ということもあり、天候がずっと不安定で、なかなか修理業者が入れなかったためだ。
 そうして迎えた四日目の朝、
「やっと晴れた……」
 ようやく雨が止んだ。
 目を覚ますなり、雨音がしないことに気付いた千景は、布団から抜け出し、勢いよくカーテンを開けた。
「これはさすがに大丈夫だろ」
 差し込んできた明るい陽光に目を細める。
 天気予報では未だ雨の確率が残っていたが、見上げた空は昨日までの雨が嘘みたいに晴れ渡っていた。
「あとは修理さえ終われば……」
 この煩わしい関係からも解放される。心の中で独りごちると、千景は安堵の息をついた。
 数時間後、祖父から連絡が入った。案の定、今日なら大丈夫とのことだった。ただし、千景ができるだけ早くと希望した午前中は先約が入っているらしく、午後からということになった。
「業者さん、そろそろ来る頃ですよね」
 早めに昼食を済ませた千景は、ちらちらと時間を気にしていた。パソコンを片付けに来ていた流星も、釣られるように時計を見る。
 祖父から聞いた話によると、午後でも十三時までには到着するとのことだった。
「前の仕事が押してるんですかね」
 それなのに、時間が来ても誰も現れない。どころか、そこから三十分が過ぎても何の連絡もない。
(遅い……)
 次第に、時間を気にする千景の様子が、そわそわからいらいらに変わっていく。
 やがて廊下の鳩時計が一四時を告げると、千景は目の前のテーブルにあったコーヒーの残りを呷るように飲み干し、カップを戻すと同時に立ち上がった。
「どうなってんだよ」
 堪えきれず呟いた言葉に、流星が視線を向ける。
 その刹那、
「ごめんくださいぃ」
 聞こえてきたのは、どこか間延びしたような声と玄関扉の開く音だった。


「えっ、十三時って聞いてた?」
 驚いたように問われ、千景は率直に「はい」と答えた。
 二階へと案内する千景の後ろに続き、年配の男性が二人、階段を昇ってくる。祖父の学生時代の後輩だというその二人は、昔から祖父と懇意にしていたこともあり、千景や千歳とも顔なじみの相手だった。
「俺十三時って間違えて伝えたかなぁ……」
「いや、ちゃんと十四時って言ってたと思うけど」
「ああ、もういいですよ。祖父の聞き間違いでしょうから」
 話をしているうちに、本当の指定時刻は十三時でなく、十四時だったことが判明した。要するに祖父の伝達ミス。多少らしくないなとは思ったが、
「ララちゃんの病院に付き添われていたからかなぁ」
 続く話を聞けば納得もできた。
「大したことはないとはおっしゃっていたけどね」
 ララも飼い主に違わず老齢だ。それだけに、我が子のように可愛がっている祖父が一際気にするのも分かる。
 大したことはない。その言葉を聞いて、千景も内心ほっとした。
「それにしても、久しぶりだよね、千景ちゃん」
「つい先日、千歳ちゃんには会ったんだよ。順調そうで何よりだった」
「まぁ、二人とも元気ならそれが一番だけどね」
「ていうか、とりあえず“ちゃん”は止めて下さい」
 いつも一緒に仕事をしているためか、掛け合い話のように言われて思わず苦笑する。
 それから間もなく、千景は足を止めた。203号室の前だ。目的の部屋のドアは、最初から開け放たれていた。
「ここです。――夏海さん、入りますよ」
 背後の二人を一瞥し、室内に向かって声をかけると、
「あ、はい。どうぞ」
 業者が着いたと知るや、先に部屋へと戻っていた流星がすぐに顔を覗かせた。
「お世話になります」
 流星は小さく会釈をし、入室の邪魔にならないよう立ち位置を変えた。同様に千景も一旦廊下に避けて、傍にいた二人を室内へと促した。



continue...
2012.07.13