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コントラスト 04

「あ……、うん」
 改めて河原の顔を見返すと、河原は心持ち居住まいを正した。
 俺は一度下ろしたライターを再び構え、銜えていた煙草に火をつけた。
「少し前に……、コーヒーの勉強したいって話をしたことがあって……将人さんに」
 一度話し始めてしまえば、ほっとしたように河原の表情もすぐに緩んだ。その空気につられて俺の表情も幾分緩み、
「そしたら、知り合いに専門家がいるからって、そこにある資料をわざわざ送ってきてくれて」
「……へぇ」
「その中に、そのデザイン画も入ってて」
「デザイン画……」
「うん、それ将人さんがデザインしたんだって」
 ……デザインまでアイツなのかよ。
「で、そのデザイン画と一緒に入ってた手紙に……」
「手紙に?」
「もし上手く描けたら、暮科にプレゼントしてみるといいってあって」
 ……プレゼントって。
 そんな風に途中何度か眩暈を感じながらも、ともかくそこまではおとなしく話を聞くことができた。
 俺は一息ついたように灰皿に手を伸ばし、伸びていた煙草の灰を軽く弾いた。
「そういうの……」
 と、おもむろに河原がテーブルの上を指差した。つられて目を向けた先には、俺が先刻手放したカップが置いてあった。
「そういうの、暮科の好み……なんだよな?」
「……好み?」
 小さく瞬いた俺に、河原は頷く。恐る恐る顔を上げると、
「だって将人さんが言うんだから……。将人さん、暮科のことよく知ってるみたいだし」
 はにかむみたいにそう言われ、思わず閉口した。
「実際、喜んでくれたみたいだし……」
「あ……や、まぁ確かに嫌いじゃねぇし……嬉しかったのも嘘じゃねぇけどっ……」
「俺、暮科がこういうの好きとか……そういう部分(とこ)、よく知らなかったから」
「え……いや、だから……」
「デザインにしても、シチュエーション?にしても……。ホントは、自分で先に気付ければ良かったんだけどさ」
 言葉に詰まる俺をよそに、河原は照れ混じりに話を進める。
 俺は何度か口を開き、しかしそのたびに何も言えないまま口を閉ざした。
 話がかみ合っていないのは明らかだった。河原は何かを誤解している。でもこっちもどう言えばいいのかわからない。
 もともと多弁な方じゃないし、いちいち弁明するのも面倒だと感じる性質だ。伝わらなければ伝わらないでいいと、割り切ることにも慣れている。
 だけど、
「でも、どんな形でも、暮科が喜んでくれれば俺も嬉しいし――」
 心底嬉しそうに、そのくせどこか寂しそうにそう言われると、さすがに黙ってはいられない。
「あのな、河原」
「?」
 堪えきれず口を挟むと、河原はきょとんとした眼差しで俺を見た。
「お前、俺が何に喜んだと思ってんの」
「え……」
 まるでわかった風もなく、河原は小さく首を傾げる。ダメ押しのように、河原の手の中でグラスに浮いていた氷がカランと音を立てた。



continue...
2010.11.19