コントラスト 03
「……これ、俺…に?」
「うん」
きわめてあっさりうなずかれ、ますます返す言葉に困る。そうしているうち、何だか一気に気恥ずかしくなり、
「でも、なんだってこんな……」
俺は間がもたないようにカップの中へと目を戻した。その先で、控えめなハートマークが小さく揺れる。
「今日なんて別に、何の日でもないのに――」
努めて平然と言うものの、心は勝手に浮き立ってしまう。
照れくささに目端が熱を帯びて、いよいよ顔が上げられなくなる。
だってこんな状況、まったくの想定外だ。普段の河原を思えば、どういう心境の変化なんだと疑いたくなる。
それこそ、これが木崎あたり――こういう演出が大好きな――の仕業だと言うなら、特に不思議とも思わないが。
「――…」
そこまで考えて、俺はふと我に返った。
「河原、もしかしてこれ……」
言いながら、思い出したように見遣ったのはテーブルの端に積まれた本の山。
いつだったか、コーヒーに詳しい友人がいると、聞いてもいないのに話してくれたやつがいた。しかもそいつは、俺だけでなく河原のこともよく知っていて――。
「……見城……?」
できれば当たって欲しくない、木崎であってくれた方がいくらもマシだと思いながら、俺はその名を口にする。
「えっ……」
瞬間、河原の顔色が変わった。
「や……、あの、えっと……」
しまったと顔に書いてあった。どう見ても肯定だ。
それでもどうにか言葉を濁そうとする河原に、俺は「やっぱりか……」と深い溜息を吐く。
「てか、なんだよその態度は。あいつに黙ってろって言われてたのか?」
眩暈を抑えるように片手で目元を覆い、ややしてゆっくり顔を上げる。
問い詰めるように言うと、河原は僅かに目をそらしたが、
「黙ってろって言うか……。何も言わずに暮科に出してみるといい、って」
結局観念したらしく、おずおずと首を縦に振った。
……何考えてんだ、見城のやつ(あいつ)。
心の中で、忌々しげに独りごちる。持っていたカップを無言のままテーブルに戻し、おもむろに前髪をかき上げる。苛立たしげに放置していた煙草に手を伸ばし、取り出した一本を口端に添えた。
……あーもう、マジかよ…。
腹立たしいのと同時に、柄にもなく浮かれていた自分が情けなくなってきた。何もかも見城の思惑通りだったというのに。
「暮科……?」
そんな俺を見た河原が、心配そうに顔を覗き込んできた。俺は僅かに逡巡し、煙草の先に構えかけたライターを静かに下ろした。
こんな悪戯みたいなこと、ネタばらしされたところで笑えない。そう仕向けた見城はもちろんのこと、それにバカ正直に従った河原も正直どうかと思う。
……だけど、
「それで? どういうわけだよ」
「え……」
実際、そうされて嬉しくなかったと言えば嘘になるわけで。
「だから、なんでこう言う流れになったんだ、って話」
結果、俺は諦めたように肩から力を抜いた。