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コントラスト 02

「読書って、これか?」
「ああ、うん」
「お前、案外本気だったんだな」
 さりげなく指先を浮かせ、まるで最初からそのつもりだったように、傍らにあった灰皿を引き寄せる。そこに思いのほか伸びていた煙草の灰を弾いて、テーブルに下ろされるコーヒーカップに目を移した。
「いや、俺もまだそこまで考えてはいなかったんだけど……、まぁとりあえず、これ」
 少しはにかむように言いながら、河原が俺へとカップを差し出す。
「え……つか、これカフェ・ラテ? お前マシンとか持ってたっけ?」
 カップの中身は、エスプレッソとスチームミルクだった。
 てっきりいつものドリップコーヒーが出てくると思っていた俺は、カップを受け取るなり河原に目を戻す。河原は笑み混じりに首を振った。
「や、俺は持ってなかったけど、少し前に実家から送られてきてさ。何か、買ったはいいけど使いそうにないからって」
「使いそうにない?」
「思ったよりメンテナンスが面倒だったって」
 なるほど、と俺が微かに肩をすくめると、河原は笑みを深めて席を立った。
 俺は銜えていた煙草を灰皿に押し付け、改めて手の中のカップに視線を落とした。カップの表面、エスプレッソのクレマには、マーブル状にミルクの筋が浮いていた。ラテ・アートに最適そうな肌理細かさだった。
 そう言えば河原は、たまに店でもラテ・アートのリクエストに応じていることがあったっけ……。まだまだ初歩的なものしか描けないとか言ってはいたけれど。
 思いながら、カップを口元に寄せた時だった。
「――…!」
 俺は再びぴたりと手を止め、唇に触れる寸前のそれを凝視した。
 一見なんでもないエスプレッソとミルクのまだら模様――に見えていたそれが、とある形を描いていることに気付いたのだ。
 幾重もの繊細なミルクの線が、一対の翼を象っていた。そこから羽が抜け落ちたように、ぽつんと浮かぶ小さなハート。そのどれもが曖昧なようで、分かる人には分かるだろう白と黒のコントラスト――。
「……河原……これ……」
 気のせいでは無いだろうという確認もこめて、独り言のように呟くと、丁度河原が自分用のアイスコーヒーを手に戻ってきた。
「あ、良かった。気づいてもらえないかと思った」
「え……」
「ハートって割と基本なんだけど……俺あんま上手く描けなくて」
 俺は僅かに瞠目し、思わず河原の顔を見た。
 気づいてもらえないって……ハートって……。
 思いがけず心臓が大きく脈打ち、一瞬言葉に詰まる。
 そんな俺を他所に河原は平然と隣に腰を下ろし、
「わかってもらえて良かった」
 一層嬉しそうに笑って言った。



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2010.11.05