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コントラスト 01


【Side:暮科静】

「お疲れ。今コーヒー入れるから」
 カウンターキッチンの奥へと向かう河原を横目に、俺はリビングのソファに腰をおろす。
 バルコニーへと続く窓の外には、雲ひとつ無い快晴の空が広がっていた。
「梅雨が明けたとたん暑くなったよなぁ」
「そうだな」
 呟くように答えながら、額にかかる前髪を軽くかき上げる。先刻――早番の仕事から帰宅してすぐに――浴びたシャワーの名残で、毛先が僅かに湿っていた。
「ホットでいいんだよな?」
「ああ、お前の部屋十分涼しいし」
 うなずくと、
「あんまり寒かったら適当に温度上げていいから」
 河原は笑みを浮かべて再び手元に視線を落とした。
 本日公休日だった河原の部屋は、来たときからしっかり空調が効いていた。これくらいの室温なら、もともと寒がりの俺にはホットの方がありがたい。
 俺は一つ息を吐き、改めてソファの背凭れに身体を預けた。
「今日はずっと家にいたのか?」
 何気なく問いかけながら、癖のように取り出した煙草を口に銜える。その先に百円ライターで火をつけ、片手間にローテーブル上の灰皿に目を移す。
「ああ、うん。今日はずっと家で本読んでた」
「本?」
 銜え煙草のまま軽く吹かし、細い紫煙を燻らせる。刹那、灰皿の横に詰まれた数冊の本が目に入った。
 俺は僅かに瞠目し、灰皿に伸ばしかけた手をそちらに向けた。
「エスプレッソ…教本……、コーヒー・レシピ………」
 重なりを少しずつずらし、いくつかのタイトルを読み上げてみる。どうやら全てコーヒーに関する資料らしい。中にはそれなりに使い込まれてそうなスクラップブックまであり、俺は純粋に驚いた。
 確かに河原は、仕事――カフェ色の強いファミレスの裏方――の影響か、以前からコーヒーや紅茶のブレンドに興味を持ち始めている風だった。
「――だからって、いつの間にこんな……」
 半ば無意識にこぼしながら、スクラップブックの表紙に手をかける。
「おまたせ」
 が、そこに横から声がかかり、俺ははっとしたように動きを止めた。



continue...
2010.10.29