それも一つの 07
日は変わり、三十日になった。結局何も言い出せないまま、俺は誕生日を迎えた。
彼にも特に変わった様子は無かった。案外俺の誕生日がいつなのかなんて、未だに知らないのかもしれない。思えばはっきりそのことについて話したことがあるかどうかも定かではなかった。
まぁ、どちらにせよ、俺にとって特別なのは今日よりも寧ろ明日の方だ。
俺だけの記念日である今日よりも、二人に関係している明日の時間を大切にしたい。一方的に想いを抱いているからこそ、そう思ってしまうのかもしれない。
それに正直なところ、将人がその日のことを覚えているかどうかも俺は知らない。すっかり忘れてしまっている可能性だって十分にある。
でも、例えそうだとしても。
(それならそれで構わない。とにかく傍にいてくれるなら)
朝になって、洗顔を済ませた俺がリビングに戻ると、
「やぁ、沙耶」
彼はひらめかせたブルーグレイのシャツに袖を通しながら、耳元には携帯を添えていた。
(電話中……もしかして、先約……?)
無意識に嘆息しながら、ひとまずその横を通り過ぎる。
と、思いがけず電話越しの相手の言葉が、はっきりと聞き取れてしまった。
「お店に暫く来られないって聞いたから、先にお礼言っておきたくて」
気になっていたのは嘘じゃない。だが、そうまで意識して聞こうとしたわけでもなかった。
現に俺は慌てて将人との距離をとった。
しかし、それでもまだ声は聞こえる。男性にしては少々ハイトーンな、かなり通りのいい声だからだろうか。
「いや、あれは詫びだから礼には及ばないよ。……まぁ、そのうちまた寄らせてもらうから」
対する将人の声は相変わらず深くて艶があり、口調も紳士然として柔らかい。
(それにしても、店に来られないってどう言うことだ。やっぱり将人は既に予定を――)
しかも相手は『暫く』という言葉を使っていた。
それはつまり、少なくとも単日ではなく、長期で予定を組んでいたと言う可能性を示唆している。
(今年も無理……なのか)
詳細など何も知らないくせに、独り勝手に推測しては溜息をつく。
「ああ、わかった。彼らにも宜しく」
そもそも、相手は誰なのか。単なる日本での友人なのか。
応対する彼の口ぶりからして、まさか『セイ』ではないだろうが。
(いや……そうか。将人は『サヤ』と呼んでいたな。サヤは恐らくファーストネーム――)
だとしたら、やはり相手は『セイ』ではない。
気にはなったが、それだけは確かだと思い至ると、ひとまず俺は予定通りキッチンに立った。