それも一つの 05
実際、将人はモデルや俳優の仕事仲間からも絶賛されるほどの容姿の持ち主だ。
しかもそのレベルは、「四分の一ほど他国の血が入っているから」と言うだけで納得できるようなものではない。
一般的に、ハーフやクォーターに美形が多いと言う話はよく耳にする。しかし、こと彼に関して言えば、まさに別格。それこそ目のやり場に困るほど――と言っても過言ではないと、少なくとも俺はそう思っている。
(髪、伸びたな……)
とは言え、二年も一緒に住んでいたくらいだ。俺にはもう耐性がある。だから今更見惚れることはない。
そう思っていたのに、
(……やばい)
気がつけば彼から目が離せなくなっていて、慌てて視線を横に流す。正直大き過ぎるのではないかと思うほどのソファでも、並んで座れば距離は近い。
俺は一層努めて平静を装うと、持っていたグラスの残りを一気に飲み干し、正面のテーブルへとそれを戻した。
「機嫌、直してくれたみたいだね」
それを目にした彼が、ふっと笑みに口元を緩める。同様に持っていたグラスを軽く揺らすと、磨き上げられたカーブの中で、澄んだ朱色の液体が滑らかに波打った。
俺は密やかに吐息した。改めて気を落ち着かせるように。それからやっと口を開く。
「日本人が社交辞令好きだってこと思い出したら、真に受けた俺がバカだったって諦めがついただけだ」
「ルイ……だから、別にそう言うわけじゃなくて……」
と、それをどうとったのか、彼は少し困った風に眉尻を下げた。
途端に申し訳なく胸が痛んだが、かと言って今更訂正する気にもなれない。
だって言い方は悪かったにしろ、言ったことは本当だ。
いつだったか、彼は俺にこう言った。
「いつか日本に来てくれ、その時は俺の大好きな街を案内するから」
今にして思えば、単なるその場限りのピロートークだったのかもしれない。だけど俺はその言葉を忘れなかった。ずっと胸にしまっていた。
「そうだな……」
俺は逸らしていた視線を、静かに彼へと戻した。微かに首を傾げた彼の肩から、さらりと艶やかな髪先が滑り落ちた。
もともと長めだった髪が、以前より更に長くなっている。色は以前と大差なく、派手さはあるがどこか品のある控えめな金色(ブロンド)だ。髪質も、全体的に緩く波打つだけの俺の淡い栗毛(髪)に対し、自然と空気を孕んだような柔らかな状態に保たれていた。
俺は手を伸ばし、それに触れた。指先で軽く掴み、つんと戯れのように引いた。
彼は持っていたワイングラスをテーブルへと戻そうとした。それを先んじて俺は止める。
「貴方の残り(それ)をくれるなら、信じてもいいよ」
俺は目線でちらとそれを示し、悪戯に双眸を細めた。
「ほら、いつも寝る前にやってたみたいに」
顔を寄せ、囁くように続けると、彼は小さく瞬いた後、ふっと表情を和らげた。
次いで何も言わずにグラスを呷ると、俺がそれに目を奪われる暇も無く、一連の動作で顎先を軽く持ち上げられる。
「……っ…」
そうして触れ合った唇の隙間から、冷ややかな液体が伝い降りてくるまで数秒とかからない。いつのまにか浸るように目を閉じていた俺は、ややしてこくりと喉を鳴らした。
いつも寝る前にやっていた――とは言ったけれど、それだって彼から自発的にされたことはほとんどなかった。職業柄、不用意なことは出来ないと慎重になっている所為かもしれない。だけど、そのわりには乞われたことには出来る限り応えようとするし、その結果とは言え、こうして見せる時折の強引さには、俺ですら改めて心を掴まれてしまう。やはり手放したくないと、心底願って止まなくなる。
「……ロゼがあったのは偶然か?」
ゆっくりと離れる唇を名残惜しく目で追いながら、努めて平坦に訊ねた。言い終わると、濡れた感触の残る自分の唇を小さく舐めた。
「さぁ、どうかな」
彼ははぐらかすように僅かに肩を竦めた。
百七十七ほどの俺よりも、更に十センチ近く上背のある彼の顔を上目に見詰め、
「貴方は基本、俺に付き合ってしかロゼは飲まなかったはずだ」
更に重ねると、彼は浮かべていた笑みを深めた。
「だから驚いただけだって言ったじゃないか」
「……わかった。とりあえず今はそう信じておくことにするよ」
俺は髪に触れていた手を離し、今度は両手で彼の頬へと触れた。するとようやく心から安堵した風に、彼は声なく破顔した。
再び間合いを削り、今度は俺の方から唇を重ねる。そのまま彼の首へと腕を回した。
(どっちにしても、俺の好きな物は覚えていてくれた)
将人が用意してくれたのは俺がいつも好んで飲んでいたロゼワインだった。
彼は一人で飲む時はいつも赤だったのに、まさか本当にいつか俺が来たときの為にストックしておいてくれたんだろうか。――なんて、無邪気に感動できるほど俺も純粋な人間じゃない。
きっと単なる偶然だ。それは敢えて訊くまでもない。
だけど、偶然でもそこにある結果が嬉しいと思う気持ちは嘘じゃなかった。