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夏風 13

 翌朝、目を覚ました俺は、余りの気分の悪さに慌てて浴室に向かった。
(…最悪……河原に合わせる顔ねーじゃねーか)
 河原が未だ夢の中にいたのは不幸中の幸いだった。
 まぁ、彼は一度眠ってしまえば多少の物音では起きないし、放っておけばいつまでも寝ているような性質だから、そう珍しいことでもないのだが。
 俺はしばらく洗面台に立ち尽くし、とにかく吐き気だけでも収まるのを待った。
(とりあえず薬飲むか……)
 結局何も戻さなかったので大してすっきりすることもなかったが、俺は幾らかは落ち着いた気分を良いことに、リビングに向かった。
「――アレ、河原こんなもん持ってきてたのか」
 清涼飲料水を目当てに冷蔵庫を開けると、ふと見慣れたビニール袋が目に入る。
 それはファミレスアリア(職場)で、弁当などをテイクアウトする際に使っている袋だった。
 引っぱり出して中を覗き込むと、
「…あいつ……」
 そこには俺が店の賄いとしてよく食べている、クラブサンドが入っていた。
 最初は何も食べずに薬だけ飲むつもりだったが、目の前に河原直々の差し入れがあるとなれば話は別だ。
 俺は多少無理をしてでもその半分程を口にして、予定通り薬を飲み、再び寝室に戻った。


 昼過ぎに一度目を覚まし、色々と考えた末。結果として俺は今日も店に連絡を入れた。
 どうにも吐き気が収まらないからと、もう一日休みを貰うつもりで。
 丁度明日は公休日だし、さすがに今日明日と大人しくしていればいい加減回復もするだろう。
(つーか、マジ身体鈍ってんな……)
 思えば自然と溜息も出る。
 相変わらず気分は余り優れない。
 だがまぁ、今日は河原が公休日だし、それで予定外の時間を一緒に過ごせるならまだ幸いか。
 俺は殆ど無意識に傍らの煙草に手を伸ばし、抜き出した一本を口に咥えた。
 店に連絡を入れてから、俺は再度眠りに就いた。途中何度も寝苦しくて目を覚ましたが、それでも無理やり目を閉じていた。
 そして気がつけば時刻は夕方。
 俺は寝室の窓のブラインドを薄く開け、外界の光量を少しだけ室内に取り入れた。
「てか、お前……いい加減起きろよ」
 起こしてくれるなら泊まる。
 そう言ったのは河原で、それを了承したのは確かに俺だ。
 が、それにしたって軽く半日以上、恐らくは一度も目覚めることなく眠り続けるってどうなんだ。
「河原。もう夕方だぜ」
 俺は咥えていた煙草を指先に外し、依然として無防備な寝顔を晒している彼の額に、そっと唇を寄せた。



continue...
2010.01.15