夏風 12
「変なこと考えてんじゃねぇだろうな」
沈黙に堪え切れず、俺は煙草の先を灰皿に弾き、念を押すように言った。
実際、今夜俺が彼を抱いたのは、自分の本気をちゃんと解って欲しかったからだ。
俺がどれだけ河原を愛しく思っているか。どれだけ他の誰かに渡したくないと思っているか――それを彼には今一度身をもって知って欲しかった。
もちろん、彼が嫉妬していると言う事実に触れたことで、抑えきれなくなったと言うこともある。
だけど、それと同時に、もうこれ以上、見城との過去を彼には聞かせたくないと思ってのことでもあった。
どうやったって、見城が河原にとって大事な存在であることは変えられないし、いまとなっては俺もそれでいいと思えるようになっている。
それが彼の中での見城なら、わざわざそれを壊すようなことはしない方がいい。
それに正直言うと、俺の方もそう外聞が良い行いはしていなかったので、その辺の話は極力隠し通しておきたかった。
なのに、全くどんな経緯か、河原は木崎をきっかけにそれを気にし始めてしまった。
挙句の果てには、見城から届いたメールに、「静」などと書いてあったと言うし――。
(あいつら…まさか波風立てて面白がってんじゃねぇだろうな)
それをきっかけに、河原が嫉妬してくれたと言う意味では、まぁ見逃してやらないでもないが、まさか俺が追々に…と思っていることまで、あっさりぶっちゃけてくれたりしていたら、本気でどうしてくれようか。
「や、別にもう、変な不安も無いし…。……でも」
「でも?」
「やっぱり、木崎の話は俺の口からは言えない」
「はあ?」
俺は腰の下に置いていた枕から、思わずまた背を浮かせた。
反して彼の表情は普段通りにのんびりとしたもので、
「だってもし、お前が知らないことだったら……ここで俺から言うのも何か違う気がする」
「いや……え。恋愛とか恋人とかそう言う話か?」
「ん…、まぁ……そう、なのかな」
(それならお前よりずっと詳しく知ってるっての……っ)
かと言って、そうぶちまけて問い詰めるわけにもいかない。
だってまさに彼が言ったのは正論だ。いくら木崎のこととは言え、本人のことはできれば本人の口から言わせてやりたい。
(一回木崎と話つけるか……)
深い溜息をひとつ吐き、再び上体を倒すと、徐に煙草を灰皿へと押しつけた。
ずる、と身を滑らすようにして頭の位置を下げて行き、間もなくベッドに横たわると、
「どうでもいいけど、お前このまま泊って行けよ」
(明け方までと言わず――)
そろそろ眠気も堪えられないとばかりに、瞬きも緩慢な彼の顔を見る。
彼は眠りに落ちる間際、横向きになる癖がある。しかもその方向は決まっていて、今夜の位置取りでは俺は背を向けられてしまうわけだ。
「明日、ちゃんと起こしてくれるなら……」
言うが早いか、彼はごろりと横寝になった。予想通り、俺に背を向ける形で。
「お前明日休みだろ」
「あ……そ、か」
「自分で忘れてんなよ」
その背を追うように身体を寄せて、脇腹の辺りからそっと腕を回す。
そして知らず微かな笑みを滲ませながら、その温かな体温を柔らかく抱き締めた。
既に夢現――寧ろもうすっかり意識は手放した頃かと思っていたが、
「もう、俺はお前しかいらねぇよ」
彼の髪に鼻先を埋めるようにして囁くと、それに彼は小さく頭を動かした。
身じろいだだけかと思えるような仕草だったけど、同時にどこか俺に懐かせる風でもあり。
俺はまた少し笑って、やがて同様に意識を手放した。