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夏風 10*

「あ…っや、…あぁっ……」
 彼は唯一の拠り所みたいに、手近なシーツを握り締めた。眼前の枕に顔を押し付け、ゆるゆると首を振る。
「このカッコのが、恥ずかしくはねえだろ」
 彼はいつも最中に顔を隠そうとするし、電気は滅多に点けさせないし。
 その割に流されて、昼間でも許してくれたりすることもあるけど。
「それに…ホントは後ろからの方が、負担は少ないって言うしな」
 ほとんど独り言のように呟いて、俺は差し入れていた指先を不意に左右に開く。淫猥な水音を立てながら掻き回し、その傍ら、他方で握っていた彼の昂りを一気に煽った。
「あっ…ぁ、や…っもう、イ……っ」
 溢れる先走りを擦りつけるように、根元から先端まで何度も追い上げ、届けば先端を悪戯にめくる。
 たちまち手の中で容積を増すそれは、今にも達してしまいそうに震えている。
 彼は集中するように強く目を閉じて、あと一歩を追うように腰を揺らめかせた。
 先に彼だけ達かせるのもいいかと思った。寧ろ最初はそのつもりだった。
 だけど、もう待てそうにない。
「河原――…」
 名を口にすると同時。俺は急くように後孔から指を引き抜いた。
 そして性急に自身の先端を宛がうと、そのまま一気に貫いて行く。
「や…待っ……、あ…、あぁ……!」
 途中、一度も休むことなく最奥まで穿つと、それに押し出されるかのように、彼は途端に達してしまった。
 その光景に、知らず目元に笑みが浮かび、
「挿れられただけでイったの、河原……」
 俺は断続的に吐き出される白濁を促すように更に手を動かした。
 そうなる予想をしていなかったわけじゃない。
 でも、実際そうなると、寧ろこっちが戸惑うくらいだった。
 その、普段の彼からは想像もつかないあられもない姿に、そそられて止まなくなる。
 もちろんそんなこと、間違っても河原に直接言えることじゃないけれど。
「あ、ぁ…っ……、は……」
 彼の背に、ぴったりと胸を重ねて身を寄せる。リビングに比べると、エアコンの温度設定を高めにしているからか、いつもより上気して汗ばむ肌は、一層吸い付くようだった。
 彼は何も答えなかった。いや、答える余裕なんてないらしい。
 俺はぐったりと身を伏せた彼の項に唇を寄せ、ちゅ、と軽いキスをした。状況にそぐわない、戯れのようなキス。
「…や、ぁ……っ、あ…、あっ……」
 それから、改めてゆっくり腰を引いた。そしてまた奥まで戻す。
 達したばかりで敏感になっている彼の身体には、強すぎる刺激かもしれない。
 だからって、まさかここで終わりだとは河原も思っていないだろう。
 終わらせて欲しいとは、思っているかもしれないが。
 抽挿するたび、接合部から聞こえる泡立つような音が増して行く。
 堪え切れず腰を抱え上げても、彼は上体を完全に伏せた格好でもはや息も絶え絶えだ。
 そんな姿態を眼下に見下ろし、俺は無意識に自らの唇を舐めた。
 絡み付く襞を掻き分け、吸い付くような内壁を擦り立てる。ぶつかる音が響くほど腰を打ち付けて、執拗に彼の身体を揺さぶった。
 気がつけば彼の屹立も硬さを取り戻し、その先端からはシーツへと続く透明な線が描かれている。
「くれ…し…っ……な、あ、…俺、また……っ」
 掠れて、上擦って。もう殆どまともな声とは言えない声で。
 それでも彼は俺の名を口にする。
 俺の動きに合わせ、彼の腰が物欲しげに戦慄いていた。
(河原……。……英、理)
 俺は心の中でその名を呼んで、乞われるままに再び彼の屹立に手を伸ばした。
 未だ慣れているとは言えない彼に、後ろだけで達(イ)けなんて強要はできない。
 彼自身の、一度目の残滓に濡れるそれは艶めかしく音を立て、指先を濡らす雫はしとどに量を増す。
 絡めた指先を前後させながら、俺は一層深くを抉るように強く腰を押し付けた。
 限界が近いのは、俺も大差ない。
「――あっ、…あ……、…――、ぃ……っ」
 静――。
 刹那。同時に達したと思った時だった。
 俺は彼の中に抱え切れない情欲を叩き付けながら、その声をどこか遠くに聞いた。
(……いま、こいつ………)
 すぐにシーツに消え入るような――どころか、本当にそれが言葉だったのかさえ、微妙なものではあったけど。
(…単なる思い込みだったら、それこそ笑えねぇよ……?)
 過度な期待はしてはいけないと、その辺は弁えているつもりだった。
 でも、その時の俺にはどうしても。それが「静」と綴られた言葉だと思えてならなかった。
 そうであって欲しいと、らしくもなく――願って、止まなかった。



continue...
2009.12.24