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夏風 08*

「え…、な……っ」
 シャツの裾を彼の顔まで引き上げて、そこで敢えて手を離す。
 脱ぎかけのそれは自然と目元だけを覆う形になり、意外でもなく彼は不安げな声を上げた。
 両手は俺が掴んでいるから、自分の手でどうにかすることはまずできない。
「たまにはいいだろ。こう言うのも」
「なっ…、え、ええ……っ」
 目隠しされた状況にどれだけ焦りを感じたのか、河原は何とか身を捩ってそれを取り払おうとした。
 が、それも俺の望みが叶ったかのように、なかなか上手くいかないらしい。
「ちょ、待っ……暮、科…っ……」
 訴える声に必死さが混じる。
 でも俺は、すぐにはそれに応えてやらない。
 眼前に晒された彼の素肌にそっと唇を寄せ、途端身を竦ませる彼の反応を楽しみながら、徐に胸元の突起に舌を伸ばす。
「んぁっ……、あっ、あ……!」
 彼は不意打ちめいたそれに堪える間も無く声を上げ、びくりと肩を震わせた。
 顔の脇で押さえつけた手にも力が篭(こも)り、だがそれは振り解こうと言う素振りでもない。
 胸元に顔を伏せたまま、視線だけをちらと上向けると、目元を隠された彼の表情が目に入り、
(えろ……)
 その戦慄く唇に思わず熱い吐息を逃がす。
 舌先で先端を擦りながら時に押し潰し、それが元に戻るより先に音を立てて吸い上げる。
 そのたび彼の背が何度もシーツから浮いて、枕から徐々に頭の位置がずれていく。
 やがて自然とシャツが目元から外れ、漸く少しほっとした風な彼の顔を覗き込み、
「……目隠しされてたら、いつもより感じたりしねぇ…?」
「感じない、とは言わないけど……。顔は…ちゃんと見える方がいい。いま自分が誰とやってんのか、解らなくなりそうだから」
「――…」
 半ば揶揄うように告げたはいいが。結果また、返す言葉を失ったのは俺の方だった。
(またかよ……)
 溜息を吐きたい心地になる。
 きっと彼に負けず劣らず顔が赤く染まっている。
 それをどうにか表に出さないよう努力して、俺は短く呟いた。
「……それは困るな」
 本当に。河原は変なところでストレート過ぎて、本気で反応に困ってしまう。
 もちろんそれは迷惑とか嫌なわけでなく。当然に嬉しく思うからこそ、やっぱり手放しで喜ぶことも難しい。
 だって明らかに意図してのことじゃないのだ。要するに、天然タラシの素質アリと言うか。
「じゃあ、しっかり見てろよ」
 俺は彼の髪に引っかかっていたシャツを完全に取り去ると、傍らの床に放り投げた。
 その言葉に、彼は小さく頷いた。そして解放された片手を掲げ、俺の頬にそっと触れる。
 俺はそれに応えるように、再び顔を近づけて、薄く開いたままの唇に啄ばむようなキスをした。



continue...
2009.12.11