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夏風 07*

 一旦退けと言いながら、次には彼の身体をベッドの上へと押し付けていた。
 早い話が前言撤回。
 殆ど不意を突く形で体勢を入れ替え、組み敷いた彼に、抗う暇も与えず唇を重ねる。
 突然のことに河原は一瞬目を見開いたが、それすら構わず一方的に歯列を割った。
(そう言うことなら、話なんてしてる場合じゃねー)
 一方的に舌先を差し入れ、反射的に逃げようとする彼のそれを追って柔らかく絡め捕る。側面を擦り合わせながら少しずつ強めに吸い上げて、緩めては舌の根に溜まった唾液を掻き回す。
 状況の把握に手間取っているのか、彼は予想以上に抵抗らしい抵抗はせず、それをいいことに俺は彼の口内を執拗に貪った。
 そうして、漸く唇を解いたのは互いの息が完全に上がりきってから。
 掴んでいた手首を離しても、彼はもう自分から起き上がることすらできず、目端に滲んだ涙は今にもこぼれそうなほどに溜まりを作っている。
 俺は彼の頬にそっと触れた。先刻のように彼は逃げず、大人しくされるままになっていた。
 今度は俺の落した影の中で、彼は伏せていた瞼をゆっくり上げた。顕になった双眸は、熱と涙に浮かされ揺蕩うように揺れている。
 俺はそれを真っ直ぐに見下ろして、僅かに表情を和らげた。
「木崎が誰と寝れようが、俺は木崎とは寝れねーよ。つーか、俺はもうお前以外とはその気にならない」
「……将人さん、とも…?」
「あいつが一番ねぇよ」
 言い淀むように間を挟んで告げられた言葉に対し、俺の言葉は即答だった。それこそ反射レベルと言ってもいいくらいの。
 彼は何も言わず、ゆっくり瞬いた。と、睫毛に弾かれて小さな涙の珠が伝い落ちる。
 一瞬それに意識が向いて、濡れた線を拭おうと手を動かしかけるが、
「――そ、か」
 それを阻むかのように、河原の手が俺の指先に触れる。彼の頬に触れる俺の手の上に、彼の手が重ねられていた。
 強くも無く弱くも無く。まるで壊れ物にでも触れるような優しい手つきで。
 だけどそれはどこか遠慮がちにも感じられて、俺は彼の手を伴わせたまま、その頬を小さく撫でた。
「俺、未だにその……慣れ、ないし」
 再び口を開いた彼は、視線を手のある方に僅かに流し、やがて隠れたいように目を閉じた。
「…解ってるよ。怖いんだろ。それはまぁ、最初に俺が――…」
「や、怖いって言うより、……は、ずかしい方が、まだ」
 なのに俺があっさり頷くと、すぐにまた視線を俺に戻し、慌てた風に首を振る。
 が、実際にはそこまで言うつもりは無かったのか、言ってから瞬く間に彼は耳まで赤く染めた。
(いや、照れるのはこっちだっつー話……)
 彼の言葉を反芻するにつれ、こっちまで目端が勝手に熱を帯び、
「……お前、どこの生娘だよ」
 それを誤魔化すように、俺は平坦な声で短く突っ込んだ。



continue...
2009.12.04