夏風 05
「そう言えば…今朝将人さんからメールがあったよ」
河原が明日公休日なのは最初から分かっていた。
だからこそ、今夜も顔を見せてくれなかったらと思うと、正直気が気じゃなかったりした。
が、結果として彼はちゃんと来てくれたし、あまつさえ許されるなら朝までここにいたいと言ってくれた。
もちろん俺はいつだって彼に触れたいし、彼を抱きたいと思っている。
にもかかわらず、今夜みたいに、ただこうして傍にいてくれるだけで十分だと感じることも少なくなかった。
「……見城がいったい何の用だよ」
仕事帰りもさながらの河原は、ともあれシャワーを浴びたいと言った。
その間に俺は缶ビールを二つ用意する。
夕食後の薬が効いてきたのか、気がつけば思いの外体調は回復していた。
かと言って、三度リビングのソファには戻らない。
俺は既に空にした自分の缶を傍らに、寝室のベッドに横になっていた。
「ン…なんか、今度一緒に食事でもどうかって。……三人で」
「は……何が食事だよ。――…って、あァ? 三人?」
普段は俺が使っているタオルを頭から被り、彼はそのままの格好でベッドサイドに腰掛けた。
片手でおざなりに髪を拭きながら、背後の俺に向かって仕草だけで「うん」と頷く。
「冗談じゃねぇよ。……つかお前、それに何て返した?」
「まだ返してない」
河原は俺の貸したTシャツに、同じく俺の貸したスウェットパンツを履いている。
たったそれだけのことが、何だか妙に擽ったくて、俺は殆ど無意識に、その背中から目を離せない。
とは言っても、一方で交わされる会話の内容はちゃんと把握していて、
「……お前、この期に及んでまだどうにか俺たちの関係を穏便に…とか思ってんじゃねーだろうな」
「思ってるよ」
「いや、思ってるよじゃねぇよ。冗談じゃねーつってんだろ」
そこで俺は盛大に溜息を吐いた。
「何でそんな嫌なんだよ、将人さんが……悪い人じゃないってのは暮科も知ってるだろ」
「そりゃまぁ……多少は」
「だったら……」
髪を拭いていたタオルを首に掛け、河原は肩越しに振り返る。
溜息と共に一旦視線を伏せていた俺は、彼のその動作にすぐには気付けなかった。
「だからって、俺はそう簡単には割り切れねーの。だいたい、お前のことを名前で呼んでるってだけでも気に入らねーのに……」
おかげで、返す勢いに任せ、言うつもりもないことまで口走ってしまう。
遅れてそれにはっとして、窺うように目を開けると、更に予想外にばちりと視線がかち合った。
「……ちょ、いまのナシ」
余りに余りの失言だったと、後悔しても後の祭りで、それでもなんとか誤魔化そうと言葉を濁す。
絡んだ視線は早々に解き、天井を見上げながら小さく笑ってみたりもした。
とは言え、それもどこか苦笑に近い。矛先はもちろん自分自身。
「――…」
と、不意に静かだった室内に、ベッドの軋む音が響く。
僅かに重心が一方に傾く心地がして、俺は面持ちはそのままに小さく瞬いた。
遅れて視線を横向けると、間もなく視界の明度が落ちる。
「俺も、同じこと思ってた」
そしてぽつりと告げられた。
頭上から、俺の顔を覗き込むようにして。
まだ乾ききっていない長めの髪を、俺の上に降らせながら。
「ホントは…将人さんが、『静』って、……メールでも書いてたのを見て」
その所為で、すぐに返信できなかった。心が、平常でいられなかったから。
――そう、彼は独白するみたいに静かに言った。