夏風 03
持っていた清涼飲料水のペットボトルをリビングのテーブルに置き、脱力のままに傍らのソファに腰を下ろす。
背凭れにだらしなく身体を預け、何気なく天井を見上げると、未だ整わない体調の所為か、微かに視界が揺らいだ気がした。
「……河原」
ほとんど無意識に焦がれる男の名を呟いて、俺はそっと目を閉じる。
何を掴むわけでもないのに、力無く投げていた手を軽く握り込んだ。
何だか妙に手持無沙汰だ。こんな時こそ、煙草が吸いたい。
思っても、手近にそれがないと分かっていれば動く気にもなれない。
リビングのエアコンは昨夜からつけっぱなしだった。おかげで室温は多少肌寒いくらいに保たれていて、だがそれがかえって今は心地良かった。
テーブルの上には、ペットボトルの他に空になった雑炊のトレイが置いてある。すぐ傍の床には木崎が持ってきた紙袋。
せっかくだからと有り難く受け取った差し入れだったが、相変わらず食は進まなかった。
それでもどうにか全てを食べきって、その後冷やしていた清涼飲料水であまり得意ではない薬を再び飲んだ。
残るは寝室に戻ってベッドに身を投げるだけ――。
と言うところで、結局それすら億劫になり、気がつけばソファの上で横になっていた。
まるでそんなつもりもないのに、いつの間にかぷつりと意識まで手放して。
「――…え、や…こんなとこで寝るなよ。ちょ…暮科?」
それからどれくらいの時間が過ぎたのか、次に目を覚ましたのは、誰かが身体に触れたからだった。
徐々に浮上する意識に、遅れて届いた声を認識し、俺は緩慢に瞼を上げる。
「…河、原……?」
数回瞬きを繰り返し、暗がりの部屋の中、目の前に佇む人影に目を凝らす。
額に掛かる髪を掻きあげながら上体を起こすと、それに連れて身を屈めていた彼も姿勢を正した。
「寝るならちゃんとベッドで寝ろよ。余計悪化するだろ」
直前まで俺の肩に触れていた手で、今度は俺の腕を掴む。そのまま引っ張り上げようとするそれに、俺はとりあえずは大人しく従おうとしたものの、
「……あれ、玄関…鍵開いてたか?」
「開いてたよ。木崎がメールもしてきてた。多分鍵閉まってないって」
「木崎が?」
ふと思い立った疑問に一度視線を背後に遣って、再び河原へと戻す。
「とりあえず、飯はちゃんと食ったみたいだな」
「あぁ…そうだ。わざわざ悪かったな」
「いや、礼はいいよ。そんな大したことしてないし」
見上げるとまっすぐ視線が絡み、彼は小さく笑って首を振った。
改めて手を引かれ、漸く自分からも腰を上げると、自然と彼との距離が近づく。
俺は無言で他方の手を彼へと伸ばし、その頬にそっと触れた。