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コントラスト 07(完)

「……じゃあ、まぁ……いただきます」
 ようやく素直に味わおうと、改めてカフェ・ラテのカップを手に取った。
 カップの表面――河原の描いてくれたラテ・アート――は既にすっかり曖昧になっていた。一度目にした繊細なデザインは存外記憶に鮮明で、それだけにこのまま飲み干してしまうのは惜しい気もしたが、そうかと言っていつまでも取っておけるものでもなく、俺は静かにカップを口元に寄せた。
「あ、なんだったら熱いの入れなおすけど……」
 数口嚥下したところでそう言われ、俺はいったんカップを離す。
「いい、もったいねぇし」
 あっさり首を横に振ると、河原は「そっか」と、嬉しそうに笑みを深めた。
 そうして、俺が続けざまにカップを傾けるのを見て、ほっとしたように自分もグラスに手を伸ばす。それこそ氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーだったが、河原も構わずそれを口にした。
「あ、それで、読書……っていうか、勉強のことだけど」
 と、思い出したように河原が口を開く。俺が目線を上げると、続いてテーブルの上の本を示される。
「その資料、届いたの三日前だから……、だからまだ、言うほど勉強もできてなくて」
「え……、じゃあこのスクラップブックは」
「それも、借り物」
「あぁ、……そうなのか」
 俺が一拍遅れで応えると、河原はばつが悪いように、そのくせどこか照れくさいみたいに顔をほころばせた。
 なるほど、経緯はどうあれ、コーヒーの勉強ができること自体は純粋に楽しいのだろう。そういうところはしっかり表情(かお)に出る河原だ。それならそれで、俺だって素直に応援したいと思う。
「うん、だからそれ……」
 ――しかし、そんな風に和みかけたのも束の間のことで。
「その、暮科に描いたラテ・アートも、練習の一環っていうか」
 継がれた言葉に思わず眉尻がひきつる。
「練習……」
 堪え切れず、低く当て付けるように反芻するが、河原はその意味に気付かない。挙句、
「そのうち店でも役に立たないかなと思って」
 などと、きわめて平和そうに続けるから始末に終えない。
「………わかった。もういい」
 俺はひときわ平板に言って、再度河原の手からグラスを取り上げた。それを自分が持っていたカップ共々テーブルに置いて、次には河原の肩に手をかける。そのまま一気に押し倒す。
「え、えぇ……っ?」
 突然ソファの上に縫いとめられて、戸惑う河原の隙をつき、頭上で手首を一まとめにすると、次には膝を割って下肢を固定する。
「ちょ、暮しっ……」
 そうして、一層動転する河原に、あえて酷薄そうな笑みを滲ませ、囁いた言葉は。
「口で言って解らないなら……」



...end
2010.12.10

言葉が足りない者同士なので、なかなか前に進みません…。でもさすがにこの後の河原さんは、ちょっとお仕置きされるべきかなと思います(?)ちなみに資料提供したのはルイでした。その話もまたSSくらいで書きたいなぁと思います。
ありがとうございました!よろしければ拍手・感想など頂けると嬉しいです。