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だから一つの 01

続き
「ルイ、すまない。俺は本当に最低だ……」
「そうだな。俺もそう思う」
 昨夜飲みすぎたのが仇になったのだろう。
 同じベッドの上、隣で上体だけ起こしていた彼――見城将人――は、頭痛が酷いらしい額を押さえて溜息をついた。

 昨日は二人の記念日だった。
 と言っても、俺と将人の関係は、いわゆる恋人と言える関係ではない。強いて言うなら、身体の関係がある親友。もっと言えば、いまだ忘れられない人がいる将人を、俺が一方的に思い続けているだけの間柄だ。
 だから余計驚いた。そんな関係でしかない俺に、「初めて出会った日を共に祝いたい」なんて、彼の方から言ってくるとは夢にも思わなかったから。
 回数だけでいうなら、今年で三度目の十月三十一日だった。くしくも俺の誕生日である前日も合わせ、いままで一度として共に過ごせた試しは無かったが、それも彼が仕事で多忙を極めている時期なら仕方ないと諦めていた。そんな日を初めて彼と一緒に過ごせたのだ。
 陽がおちて間もない時間から、俺好みのロゼワインを筆頭にかなりの量の酒を飲んだ。気分良く高揚した勢いのまま、アメリカでの同居(ルームシェア)生活を再現するかのように、何度も肌を重ね合わせた。
 意を決して日本まで来た甲斐があった。はっきりと思いは通じなくても、俺にしてみれば何事にも代えがたい至福な時間を得ることができた。
 何より彼は、誕生日には「ルイ、君が大事なんだ」と言う言葉を俺にくれた。「君の唯一の場所になりたい」とも言ってくれた。『セイ』のことをはっきり諦めると聞いたわけではないが、少なくともその方向で行きたいと言う気持ちがあることも確かだと知った。
 それなら俺は待つべきだと思った。このまま行けば、いつか想いが届くこともあるかもしれない。そうすれば俺も、同じように彼の唯一の場所になることができるかもしれない――。
 明け方になり、将人は寝惚け半分に俺の身体を背後から抱きしめた。それだけで胸が満たされる思いがした。完全に恋人になれたかのような錯覚すら覚えた。
 しかし――、
「……セイ…」
 彼は存在を確かめるように回した腕にそっと力を込めると、俺の耳元でこう囁いたのだ。

「ルイ……許してくれ。本当に他意はなかったんだ」
「他意があったかどうかなんてどっちでもいい」
 半分寝ていた所為で、認識が遅れた。しかし、その一拍後には、二人同時に目を瞠っていた。
 俺は聞き間違いでないことを記憶の中で確かめた。彼もまた、自分の漏らした言葉を思い返し、それが確かだと知ると慌てて飛び起きた。そして現在――とにかくひたすら謝罪を繰り返すに至っている。
「貴方は俺以外の前でもそうなのか? そんなに迂闊なことをしているのか? 一応貴方は名のある人だ。もっと言動には注意するべきでは――」
「まさか! ルイの前以外でこんな失態、有り得ない」
 将人は必死に言い繕おうとする。その姿に既視感を憶えた。事実、過日にも似たような光景を目にしたことはあった。
「自分でも不思議なんだ……どうして君の前だとこうなのか」
 この際、彼の口から『セイ』の名前が出たことには目を瞑ってもいいと思った。もちろん正直言えば腹立たしい限りだが、それでも、そこに他意が無かったのならこれ以上追求しても仕方無い。
 それに、そんな風に「君が特別だから」と聞こえるように言われていると、満更悪い気もしなくなってくるから余計始末に負えない。
 ――が、これだけは言わせて貰う。
「貴方が言ったんだろう、俺に少しは甘えろって。それならせめて、俺を抱きしめる時くらい俺の名を呼んでくれないか」
 敢えて笑みの混じる表情で、そのくせ素気無い声と口調で。俺はそう言い残し、一人先にベッドを降りた。

01/24*2009

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