19.聞かせたくない
【Side:崎坂智也】
気がつくと、鈴木さんが、俺を背後から抱きしめていた。
いつもなら「触らないで下さい」とでも言って振り解いていたはずのその腕を、いまはさせるに任せている。
何故だかはやっぱり分からない。分からないけど、何だかそうするのに疲れたような心地にもなっていた。
「泣かせてって……」
それでも、負け惜しみみたいな言葉はどうしても口をつく。
「調子に乗らないで下さい。別にアンタに泣かされたわけじゃねぇし……つーかまず泣いてねぇから」
言ってて自分でもおかしくなる。
それでも振り返ることなく、頬を拭うでもなく、背中に鈴木さんの体温を感じながらじっとその場に立っている。
「いや、あの……。えっと……、す、少しは頼ってくれたら嬉しいな、って、意味で……」
「は?」
俺はぱちりと大きく瞬き、咄嗟に振り返りそうに――なったのを堪えて、
「どういう意味ですか?」
言いながら、嫌がらせのように背後に一歩下がると、半ば強引にカウンターに座った。
意外にも鈴木さんはそれでも離れず、むしろ一層抱きしめる腕に力を込めてきた。まるで離さないとでも言うように。
「あのね……僕、これでも二つ年上なんだよ。だから――…」
「……二つ?」
「あ、うん。事情があって、高校で一年ダブってるから」
「……じゃあ一こじゃん」
「え?」
「俺、一年浪人してるし」
「ええ!」
鈴木さんに背中を向けたまま、続けられる抑揚の少ない会話。
と、思っていたら、最後に鈴木さんが急に大きな声を出す。
その拍子に、仰け反るようにしてぱっと手を離した鈴木さんが、
「わ、あっ!」
次には更に高い声を上げて、
「あっ、バカ!」
反射的に俺が振り返ったときには、いままさにその身はカウンターの後ろへと落ちていくところで――。
次の瞬間、俺は舌打ちを漏らし、と同時に、思わず腕を伸ばしていた。
「崎坂くん、だ、大丈夫……?」
結局、鈴木さんの服を掴んだはいいけれど、そのまま一緒に転がり落ちてしまった。
変に鈴木さんをかばうような形になったせいか、頭を打ったのは俺の方で、
「ごめん、本当ごめん……僕、いつもこんな迷惑ばっかり……」
そのまま床の上に寝転がっていた俺の顔を覗き込み、鈴木さんが泣きそうな顔で言い募ってくる。
「もういい……なんかちょっと慣れてきた」
俺がすぐに起き上がらなかったのは、痛みや何かの症状があったからというより、なんだか気が抜けたからだった。
俺は改めて盛大な溜息をつくと、ようやくのろのろと上体を起こす。
その背にすかさず手を添えながらも、鈴木さんはばつが悪いように少し顔を赤くしていた。
「それより……さっきの話だけど」
「え?」
「何がそんなに……って。アンタが聞きたいって言ったんだろ」
「えっ、あ、うん! ……って、教えてくれる、の?」
床の上に座り込んだまま、俺は視線だけを落とし、諦めたように小さく頷いた。
「アンタさ……似てるんだよ。俺が世界で一番嫌いな人に」
いつのまにか、涙はすっかり乾いていた。
by 雪ひろと
- 2019/08/04 (Sun)
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