18.聞かせて欲しい
【Side:鈴木孝明】
僕に背中を向けているけれど、ポタポタと床に落ちる雫が見えて、僕は思わず彼を引き止めてしまった。
崎坂くんが、泣いている。
いつもクールで飄々としている印象の彼が、自分ではどうしようもないみたいに涙を流し続けている。
そう気がついたら、僕は彼を放っておけなかった。
カウンター越しだったので、少し迷って僕は靴を履いたままカウンターに上がった。そうして、おずおずと膝立ちになる。
ごめんなさい。あとでちゃんと綺麗に拭くんで許してください。
心の中でそっとカウンターに謝罪しつつ。
その間も、僕は崎坂くんの服を摘《つま》んだ手をどうしても放せなかった。放してしまったら、崎坂くんが行ってしまう気がして、ずっと服を引っ張り続けてしまった。
その事に、彼が抗議の声を上げないのをいいことに、ずっと。
その上で、僕はいつもよりどこか小さく見える崎坂くんの背中に背後からおずおずと手を伸ばすと……そっと抱きしめた。
抱きしめる間際まで、掴んだ服を放せなかったこと、崎坂くんに気づかれただろうか。
僕が彼を抱きしめることで、崎坂くんから「気持ち悪《わり》ぃな、触るな」と怒られてしまったなら、それもまたありかな、と思っていた。
そう言ってくれたなら、彼はきっといつも通りの彼で……冷静になれていると思うから。
僕は、彼から突き放されるのには……多分、もう、慣れっこだ。
崎坂くんさえ元気ならそれもまたありだよね。
そんなことを考えるとチクチクと胸の奥が痛んだけれど、それには気づかないふりをした。
でも、もしも……。もしも彼が僕の手をふりほどかなかったなら……僕はその次に何をすればいいんだろう?
崎坂くんは、僕に涙のわけを話してくれるだろうか?
というより、僕が話した何が彼をこんなにも動揺させてしまったんだろう?
腕の中の崎坂くんの様子を恐る恐る伺いながら、僕の頭はフル回転を続けていた。
「鈴木さん、……何でそこまで、出来るわけ?」
ややして僕の腕を振りほどくことなく、崎坂くんがポツンと呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、僕は面白いことを言うな、って思ってしまったんだ。
だってそんなの、僕はさっきからずっと言ってるのに。
「僕は……キミが好き、だから……」
って。
気持ち悪いだの何だのと、どんなに拒絶されようとも、僕のこの想いは僕だけのものだ。例え崎坂くんにだって、消すことは出来ない。
僕の声、聞こえているはずなのに崎坂くんは何かを考え込んでるみたいに黙ったままで。
だから僕は彼の顔が見えないのをいいことに、普段なら絶対に言えない言葉を一気に解き放った。
「崎坂くん、僕じゃ……何の役にも立てないかも知れないけど……でも、やっぱり僕はキミが何に傷ついているのか……知りたいなって思う。知っても何の役にも立てないかもしれないけど……、多分その可能性のほうが高いとも思うんだけど……。でも、それでも……僕は、キミの心に触れたいんだ」
そこまで言ってから、僕は恐る恐る気になっていたことを付け加えた。
「僕がさっき言ったことのなかで……何が崎坂くんをそんなに泣かせてしまったんだろう? 他は無理だとしても……そこだけは……どうしても知っておかないといけない気が、するんだ……」
また同じことをして、二度と彼を傷つけたりすることがないように――。
by 鷹槻れん
- 2019/08/04 (Sun)
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