15...覚悟と理由*
【Side:崎坂智也】
(もう少しマシにならねぇのか……)
掴む力を緩め、ただ添えていただけの指先で、彼の髪を遊ばせる。
彼の手法は、そんな余裕が消えない程度のものでしかなかった。
それでも、一生懸命どうにかしようとしているのは見るも明らかで、
「……ちゃんと飲めよ」
俺をそこまでに導いたのは、所作そのものと言うよりも彼のその直向きさだった。
妙な優越感と、達成感。しかし裏腹に、後ろめたさと遣る瀬なさまで込み上げる。
そんな綯い交ぜの感情に、果ては自嘲めいた笑みが口元に浮かぶ。
「――…っ」
その全てに目を瞑り、瞬間的に努めて絶頂だけを追った。
「ん……! ぅ……、っく……」
彼の口腔内に白濁を迸らせる。彼が逃げないよう、再度後頭部を手で押さえつけて。
「……は、……なんなの、ホント」
残滓すら全て彼の舌の上に吐き出して、やっとゆっくり腰を引く。
途端に彼は咳き込んで、嚥下しきれなかった唾液混じりの雫を顎先へと伝わせた。
そんな姿を見下ろしたまま、これ見よがしに溜息を吐いた。
彼は口元を拭いながらそっと顔を上げ、
「これで、解ってもらえた……のかな」
咳と、恐らくはそれだけでなく涙に濡れた瞳で俺を見る。
「何が」
解っていながら、俺はそっけなく返した。
「あ、えっと……僕の、気持ち……」
「アレ、本気だったの。マジで? 気持ち悪ぃな」
言うと、彼は蒼白となって唇を戦慄かせた。
それを堪えるように奥歯を噛み締めたのがわかる。
どうしていいのか分からないとばかりに視線が中空を彷徨い、やがて落胆したように足元に落とされる。
「それくらい言われる覚悟あったんじゃないの」
片手間、緩慢な動作で自らの衣服を整えて、
「俺はそれくらいの覚悟ありましたよ」
抑揚のない声音でそう続けた。
「気持ち悪いなんて、思われるの当たり前だと思ってました。俺は。……好きだって気持ちは純粋だと思いますけど。でも、向ける相手はちゃんと選ばないと。下手したら、一生消えない傷を負うことになりますよ」
更に重ねると、当然のように過日の苦い記憶が蘇った。
胸の奥が締め付けられるようにきりきりと痛む。まだ傷は塞がっていないのだと思い知る。
諭すように告げながらも、どこか自分に言い聞かせているようだった。
それらは全て、実際に自分が経験してきたことだ。
俺は自虐めいた心境で視線を伏せて、小さく笑った。
「――鈴木さんは、いつ俺を好きになったの。俺のどこを好きになったんですか」
俺の零した言葉の意味を、探っているんだろうか。
あまりに唐突すぎて、混乱しているんだろうか。
僅かに上げた視線で彼を見るが、彼は跪いた格好のままろくに動かない。
が、ややして俯かせていた頭を擡げると、遠慮がちながらも確かに俺の目を真っ直ぐに見た。
「………答えられるんですか」
俺は目を逸らさなかった。冷たいと取られるだろう眼差しで、射抜くように彼を見詰めた。
(どうせまた逃げるんだろ……)
思ってのことだったが、意外にも彼は目を逸らすことも顔を背けることもしなかった。
そして、漸く落としていた腰を上げた。静かに立ち上がった。
その目端は、幾分まだ赤みを残してはいたものの、滲んでいた涙は既に引いていた。
視線がほどけないよう、俺もまた顔を上げた。彼の所作を追って、ゆっくりと。
「僕は……」
ぽつりと、呟く声が耳に届いた。しかし、ほとんど音になっていない。
半ば訝しむように、微かに双眸を細めた。
彼の喉が小さく上下した。
それこそ、覚悟を決めるために息を呑んだように見えた。
俺は口を噤み、黙って続きを待った。
continue...
by 雪ひろと
- 2008/10/28 (Tue)
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