14...仮面*
【Side:鈴木孝明】
好きなほうを選べと提示された選択肢は、どちらも僕にとっては未知の世界で。
オマケに彼のモノをくわえたままの状態では例え希望があったとしてもどちらとも答えられるはずもなく――。
仕方なしに見るとはなしに見上げた視線の先に、崎坂くんの顔があった。
「邪魔……」
――と、吐き捨てるようにそう言ってから不意に伸ばされた彼の手に、眼鏡を取り上げられてしまった。
元々目が悪くてかけているわけじゃないそれを奪われたからといって、視力には何ら影響がない。
それでも眼鏡を外されたことで、素肌を晒されたような恥ずかしさがこみ上げてくる。
僕にとって、眼鏡と長く伸ばした前髪は、顔を見られなくするためのある種の仮面なのだ。それを失うことが、こんなにも心許なく思えてしまうなんて。
眼鏡を取られた途端、覚悟をしてこの行為に臨んでいたはずの気持ちが、わずかに揺らいだ。
「――ん、っ」
それで、思わず彼を咥えた唇を離しそうになり、崎坂くんに後頭部を押さえ付けられてしまった。
「いつ、止めていいって言いましたっけ?」
僕の反応を楽しむように、額に掛かった前髪までも鷲掴むように掻き上げられて、今度こそ本当に相貌を露わにされてしまう。
完全に彼に表情を見られる格好になってしまった僕は、その事実に硬く目をつぶった。出来ることならうつむくなり何なりして、崎坂くんの視線から逃れたいくらいだ。
それが顔に出ていたんだろうか?
「なに? もしかして顔、見られるのがイヤとか?」
揶揄するような声音で崎坂くんがそう尋ねてきた。
問いかけても僕が答えられないのは百も承知だろうに、酷い、と思う。
それでも僕はそんな崎坂くんのことが好きだから……だから彼に逆らうことが出来ない。
そんな風に考えた途端、どうしようもなく切なくなって、目の端にじんわりと涙が滲んできた。でも、それだって崎坂くんの気持ちを変える効力はないはずだ。
(っていうよりこんなときに泣くなっ)
泣けば、もっと惨めになる。
鼻の奥がつんと痛くなるのを懸命に堪えながら、僕は崎坂くんに奉仕することにのみ集中しようと思い直す。
そうしてみたものの、ツボを心得ない僕のやり方ではどんなに一生懸命頑張ってもそれほど気持ちよくならないのか、先ほどから一定以上の硬度は増してこない崎坂くんの分身に、焦りばかりが募った。
必死で彼のものを咥える僕の耳に届くのは、静かな図書館に響く、濡れた水音……。それが、僕の唾液によってもたらされる音だと思うと、恥ずかしくてくじけそうになる。
(僕は大好きな本に囲まれた神聖な職場で、一体何をしているんだろう?)
そう思うと、消えてなくなりたいような気持ちが込み上げてくる。
それで所作がおろそかになってしまったんだろうか。
「他所事考えてないで、もっと舌とか唇とかうまく使えよ……」
ややして、髪を掴んだまま無表情に僕を見下ろしていた崎坂くんが、舌打ちをしながらそう吐き捨てた。
「……っとにアンタ見てるとイライラするぜ」
それは、僕の拙い技法にうんざりしての台詞だろう。
自分がされて気持ちいいと思えるところを攻めればいいと分かっていても、そういうことに対して晩生な僕はイマイチそれが掴めない。
ましてや、手淫ではなく口淫で、という方法に戸惑いすら覚え、恥ずかしさが先行しているような現状で彼に満足がいくような快感を与えてあげられるはずがない――。
申し訳ない気持ちで彼に謝りたいのに、口を塞がれている状態ではそれもままならなくて……。僕は徐々に自分の動きが緩慢になっていくのを感じた。
と、今までは髪に軽く添えられただけだった崎坂くんの手に、力がこもった。
「動く気がないんなら、勝手にやらせてもらいますよ?」
言うが早いか、強く髪の毛を引っ張られた。その感覚に痛みを訴える間も与えないぐらい性急に、喉奥まで一気に彼のモノが押し込まれてくる。
硬度こそまだ中途半端なそれだったけれど、いきなり奥まで差し込まれれば、むせ返るのは必至で。
予期せず喉の奥を刺激されたことで込み上げてきた吐き気に、堪え切れず涙が睫毛を濡らす。
「やっ……、んっ」
止めて欲しいと必死で唇を喘がせたけれど、崎坂くんはお構いなしに僕の口腔を蹂躙した。
唾液が顎を伝って床へ落ちるに至っても、彼の手は緩まなかった。
僕の頭を、自分のリズムに合わせるように押さえては離し……を繰り返す崎坂くんに、僕は半ば絶望的な気持ちになる。
そんなことを繰り返していくうちに、口の中の崎坂くんが、徐々に質量を増していくのが解った。
口中に、何となく塩辛いような味を感じて、いよいよ彼がイクのではないかと身構えたとき、不意に今まで僕の髪を強く掴んでいた崎坂くんが、腕の力を緩めた。
「……?」
その突然の脱力に、思わず目を開けて彼を見上げると、
「最後の瞬間ぐらい、センパイが自力で奉仕してくんない?」
そう、言われた。
口の端に薄っすら刻まれた笑みで、彼が僕を試していることを悟る。
――好きならそれぐらい出来るだろ?
言外にそう含ませた崎坂くんの表情に、彼が僕の覚悟が如何ほどのものなのか計ろうとしているのだ、と思い知った。
(僕は……――)
崎坂くんのためなら何だって我慢できる……!
ギュッと目をつぶると、僕は先ほど彼がそうしたようにリズムをつけて、丹念に彼の屹立に舌を這わせた。
唾液が、手を濡らすのも、クチュッといやらしい音が立つのも、気にしているゆとりはない。
懸命に奉仕する僕の喉奥へ、崎坂くんが欲望を放つ瞬間まで、僕は無我夢中で彼のモノを愛撫し続けた。
continue...
by 鷹槻れん
- 2008/10/11 (Sat)
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