07...苛立の理由
【Side:崎坂智也】
何も成田のことを、立て続けに聞かれたからと言って苛立ちを感じたわけじゃない。
そんなのは別に珍しくもなんともないことだ。
そりゃたまには自分で訊けと言いたくなることもあったけど、まぁそれが出来たら最初からそうしてるだろうし。
それならどうして俺は、一瞬とは言えこんなにも不愉快な心地になったのか。
直前には、どうせ彼は煙草の煙も苦手に違いないと、率先して火をつけたばかりのそれをあっさり消そうと思ったばかりだったのに。
「あ…の、証明って……」
咄嗟に掴んでしまった腕も、結局そのままだ。
だが彼はそれを振りほどくこともなく、
「……埼坂、君…?」
すぐには何も応えない俺に再度問いを重ねた。
咄嗟に掴んだからか、瞬間入りすぎた力に彼が目を眇めたのが分かった。
それに気づいて多少力を緩めはしたものの、どういうわけかすぐには手離せず、
「できるわけねェよな」
ややしてそう短く零してから、俺はようやく手を退いた。
テーブルの上にあった煙草とライターをポケットに戻し、彼から逸らした視線を水沢さんへと向ける。
目の前に茫然と佇む鈴木さんは、動くに動けないと言った様子で瞬き一つせず、それを横目に俺は口元だけで小さく笑った。
「コーヒー、この先輩にあげといて。俺急用思い出したから」
俺と彼との思いがけないやりとりに驚いたのか、トレイにグラスを乗せたまま機を見計らっていた風な彼女に、緩く片手を掲げて示す。
するとはっとしたように鈴木サンが半歩ほど後ずさり、
「え…あ、あの」
「せっかくだから飲んであげてよ。もちろん俺の奢りでいいから」
「いや、でも……」
ふるふると何度も首を横に振った。
だが俺はそれにも構わず立ち上がり、ぽんとその肩を叩きながら、
「でもじゃねぇよ。あれだよ。失礼なこと言ったおわび」
努めて柔らかく間近に告げる。
そう言えばさすがに彼も大人しく受け取ってくれるだろう。
水沢さんの入れてくれたコーヒーを無駄にするのも、実際忍びないし。
「じゃあ水沢さん、悪いけど。また来るよ、今度は成田も連れて」
彼の肩に乗せていた手を離し、テーブルに代金分の小銭をおきながら、俺は彼女に向けてそう続ける。
そして一歩踏み出し、視線を前方の彼に戻すと、弾かれたようにその肩が小さく跳ねた。
(挙動不審っつーか……何のつもりだよ。嫌がらせか?)
こんな公然の場所で、人目も憚らずあんなことを言いやがって……。
だって先刻のやりとりは、恐らく水沢さんにも聞こえていたはずだ。
後半の俺の声はともかく、少なくとも前半、彼が声高に発した科白くらいは確実に。
(…そうか。俺の苛立ちの原因はそこか)
思い至ると、俺は忌々しげに僅かに双眸を細めた。
その眼差しに気づいたのか、その瞬間、再び小さく身体を揺らした彼に、俺は堪らずすれ違いざま言葉を残す。
もちろん水沢さんには聞こえないように、ともすれば口を開いたことさえ気づかれない角度で。
「……あんた、そう言う趣味なの?」
自分でも酷い言いようだと思う。
だけど言わずにはいられなかった。
それに対し、彼は当然のように何も言わない。
びくりと身を揺らすようなこともしなかった。それすらできないくらいの衝撃だったのかもしれない。
ただ視界の端で、微かに目が見開かれたのだけは分かったが――。
(そう言うのはもう、マジ勘弁してくれよ……)
それでも、俺は一切振り返ることもないまま、まっすぐカフェを後にした。
未だ炎天下の陽光に、前髪を搔きあげながら目もとを覆い、遅れて漏れた舌打ちは、半ば無意識のものだった。
continue...
by 雪ひろと
- 2008/04/27 (Sun)
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