ありがとうございました!今後ともこれを励みに頑張ります。

 一線の越え方より (鷹槻れん)

【Side:山端逸樹】

-1-

「お前、何でそんな浮かない顔してるんだ?」
 誰とも会いたくないときに限って一番嫌なヤツと鉢合わせになるのは何故だろう?
 朝、直人へとあるメールを送ったら、その返信内容にかなりへこまされてしまった。
 そのせいで今日は一日気分が上がらなくて、重い足取りで家路に付く羽目になった。
(自棄酒でも飲むかな)
 そんなことを思って自室の前に立てば、何故か無人のはずの部屋から灯りが漏れている。
 まさか、と思いながらドアノブを回してみると、何の抵抗もなく回った。
(勘弁してくれよ)
 玄関を開けてすぐ、目に飛び込んできた嫌味なぐらい磨き上げられた高級な靴に舌打ちをし、不機嫌さ全開の顔でリビングに入れば、悪びれた様子もなく室内で寛いでいる男とかち合った。
 オマケに何やら旨そうな良い匂いまでしていて――。
「素、直……。勝手に人ん家に入んなよ!」
 言っても無駄だと分かっていても、余りの腹立たしさに思わずそう言えば
「お前がいつの間にか鍵、付け替えてたから入るの苦労したぞ」
 全く意に介した風もなく呆気らかんとした返答が戻る。
「あんたが鍵、いつまで経っても返さねぇから変えたんだろっ」
 イラッとして顔も見ずにそう言ったら
「お陰で管理人室まで行かなきゃいけなくて面倒だった」
 だなんて身勝手過ぎるだろ。
 でも、この人はそういう人なんだから仕方ない。
 余りの理不尽さにわざとらしく盛大に溜め息をつくと、俺は従兄弟の素直を避けるようにキッチンへ向かい冷蔵庫を開けた。そうして当然のように常備してあるビールを手に取れば、
「酒なら俺が持ってきてやったのを飲めよ」
 背後からそんな声がかかる。でも、腹立たしいので俺は聞こえない振りを決め込んでつまみを探した。
 しかし、それを制するように背後でドンドン!とボトルで盛大にテーブルを叩かれては振り返るしかない。
「ほら、お前が好きなモルトだぞ。つまみもここにある」
 しかも、素直が手にしているのは俺が好きな高級ウイスキー。好みだけど値が張るから自分では滅多に買わない代物だ。そう。今みたいに彼が持ってきてくれるのをあてにしていると言うべきか。
 そして、テーブルの上を見ればつまみと称して用意してあるものも、出来合い品ではなくどうやら素直が手ずから作ったもののようで。
「じゃがトマチーズだ。うまそうだろ?」
 俺の視線を受けて得意げに笑う顔を見て溜め息が漏れる。恐らく材料も彼持参の高級食材だろう。
「電子レンジと皿、借りたぞ。あ~、あとラップも」
 何でもそつなくこなす素直は、普段は面倒がってやらないが割と料理もうまかったりする。
 リビングに入ったと同時に香ってきた旨そうな匂いの正体はどうやらこれのようだ。
 ジャガイモとプチトマトにとろけるチーズをかけ、それに塩コショウをして……レンジで過熱しただけだとうんちくを垂れる素直の声を聞きながら、無言でそれを口に運ぶ。
(旨っ……)
 ウイスキーのつまみに最高の味だ。そう思ったが、口には――勿論顔にも――出さず、酒を口に含む。
「お前なぁ、旨かったら旨いって言えよ。精がねぇなぁ」
 言葉とは裏腹に自分が持ってきたものを俺が口に運ぶのを満足そうに見詰める素直。
 彼は、いつも何の用もないくせにふらりと家にやって来ては、こんな風に俺に旨いものを食わせてくれて……それを見て帰って行く。
 しかし……何も今日来なくてもいいだろう、と思わず不機嫌になってしまったのは、胸ポケットに入れたままだった携帯に気付いたからだ。
 ふと思い立って直人から届いた最新の受信メールを開き、仏頂面でその文言を眺めてから俺は最悪な気分になった。何度眺めても内容が変わるはずないのは分かっていたはずなのに、こんなことをして俺も心底バカな男だ。
 そう思うと、そんなメールが入った携帯を身につけていることすら腹立たしく感じられて、俺は無造作にそれを床上へ放った。
「機嫌、悪そうだな」
 そんな俺の動作にすかさず反応する素直。こういうところ、勘が鋭くて嫌になる。
「……別に」
 極力素っ気無く返したつもりだが、どのぐらい信憑性があったか。
 探るような素直の視線に、居心地が悪くなった俺は、半ば逃げるように席を立った。
「逸樹?」
 訝しげに呼びかけてきた素直に「便所」とだけ簡潔に返すと、俺はそそくさとリビングを後にした。


「お帰り、逸樹」
 で、帰って来て見れば何なんだよ、その笑顔は!
 一分も空けていなかったはずなのに、ニヤニヤと笑う素直と目が合って、俺は嫌な予感がする。
「逸樹、これ、なぁ~んだ?」
 とってもにこやかな笑顔を浮かべながら素直がささげ持ったのは俺の携帯で――。しかもご丁寧に二つ折り携帯は画面をこちらに向けていて、そこにはさっき俺が開きっ放しにしていたメールが映し出されていた。
「ちょっ、素直!?」
 さすがに余りの事態に慌てて駆け寄り素直の手から携帯を奪おうとすると、目前ですんなりかわされてしまう。
「逸樹、お前が荒れてる原因はこのメールだな?」
 人の携帯を勝手に見るなんて非常識すぎるだろ!
 そう思う反面、彼ならそれをするのが当然だとも思えてしまって……。結局のところそんな素直の前に携帯を置き去りにしてしまった自分が一番悪かったのではないかという結論に達した。
「“好きだぜ”、って送って“微妙”って返されたんじゃ~、そりゃ、落ち込むよな」
 どうやら送信メールのほうもちゃっかりチェックしたらしい素直が、ニヤニヤと笑いながら俺へ携帯を手渡す。
「とりあえず一人で自棄酒飲むぐらいなら相手の出方待ちなんてまどろっこしいことしてねぇで、さっさとお前のほうから真意を問うてみるこったな」
 一番見られたくない相手こんなメールを見られたことにガックリとうなだれる俺に、素直は容赦なく言葉を続ける。
「――ま、もっとも……俺としちゃ、お前の相手が男ってことにショックを受けてるけどな」
 さしてショックを受けた風もなく――というより寧ろ面白がっているとしか思えない顔をして――素直がサラリとそう告げた。


 素直はその後、散々俺のことを冷やかして、それでも最後には「ま、頑張れよ」と残して帰って行った。
 深夜のことで終電もない時刻だったが、金に不自由のない素直なら割増料金になっているタクシーにだって、何の躊躇いもなく乗り込めただろう。
 うるさい従兄弟がいなくなった部屋で、俺は一人時計を見上げてそんなどうでもいいことに思いを馳せる。時刻は既に午前〇時を回っていた。
 二人してかなりの量飲んだはずなのに、俺も素直もいつもと大して変わらない態度だったのはさすがと言えよう。
 まぁ、もっとも俺のほうは酔えるような雰囲気ではなかったんだが――。
 そこまで考えて、俺は自然、今朝――正確には昨日の朝――のことを思い出していた。 と同時に、視線がテーブル上へ乱雑に置かれた数本のボトルの陰に隠れるように放置されたままの携帯へと流れた。



...【Side:山端逸樹】-2-へ続く...
(現在お礼は3種類です)

実は素直と逸樹の会話は書いてて凄く楽しかったりします。
日頃は傍若無人な逸樹が、素直の前だと子供のように軽くあしらわれてしまうのが、私的に楽しくてたまらないのです♪(笑) (鷹槻れん)

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